季節は秋に移ろうとしていますが、6月の新宿合唱祭「初夏に歌おう」を終えて、新宿区合唱連盟会報に寄稿した拙文を、クライスの活動の記録の意味を込めて、こちらに掲載させていただきます。編集される前のオリジナルの原稿ですので、細かい部分で相違があるかと思いますが、ご容赦ください。
合唱がつないだ希望
第40回初夏に歌おうを終えて
新宿文化センターの裏手に、天神様がある。久しぶりだ。何にも変わっていない。
いつからか、公演本番の朝には、まずここに立ち寄るようになった。2020年の秋も、モーツァルトのレクイエムを歌うはずだったその日の朝に、ここに来るはずだった。コロナがすべてを変えてしまった。
当たり前のように身近にあった「歌う」という日常が忽然と姿を消して、二年と数ヶ月が過ぎた。「大勢で集まるな」「密になるな」「大声を出すな」。合唱という音楽表現に未来はあるのか? 暗澹たる思いの中で、かすかな灯を絶やさぬように活動を続ける人たちもいれば、音楽から距離を置いてただじっと堪える人たちもいた。
そして迎えた三年ぶりの新宿合唱祭。かつての賑わいと喧騒の記憶からすると、やや静かなホワイエ。出演する団体の数も減った。客席を埋める人の数も少なくなっただろうか。それでも、ひとたび演奏が始まると、ステージの上のたくさんの笑顔に安堵する。
リハーサル室を出て、舞台袖へ。歩き慣れた狭い階段。忘れかけていたあの高揚感が蘇る。そうだ。これだ。これが本番の魔力。これが文化センターの魔法。
大ホールのステージ。ひな壇から客席を見渡す。呼吸を整える。二階席の最前列に視線を送る。いつもそうしてきたように。ここに自分の声を届けるのだ。
『うたをうたうとき』。Meno forte からクレッシェンド。フォルテシモへ。八分休符の上のフェルマータ。私たちの歌声が、キラキラと光る音の粒になって、大ホールを満たしていく。その刹那の時間を味わいながら、思いは確信に変わる。
「歌をあきらめなくてよかった」。
疫病はまだ終わっていない。戦争はいつ終わるともしれない。世界は不安に満ちているけれど、それでも日々の暮らしは続いていく。そして、私たちには「歌」がある。
笑顔で文化センターを後にする。来年四月のモーツァルトのレクイエムの本番に思いを馳せながら。
天神様。その時はまたお参りに行きますね。

西向天神様の横の階段を降りるとかわいいお狐様がこちらを見上げていました。
後ろ姿もキュートです。
あね
■コールクライス特別演奏会 開催が決定しました
日程:2023年4月30日(日)
会場:新宿文化センター 大ホール
指揮:箕輪 健 管弦楽:CIEL東京室内楽団
曲目:モーツァルト 「レクイエム」 K.626
信長貴富 「新しい歌」
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